フェノロサへの手紙

フェノロサへの手紙

アーネスト・フェノロサ様

長い冬もいよいよ終わりが近づいてきましたが、いかがお過ごしでしょうか。あなたは110年以上前に亡くなってしまって、お会いできず残念なかぎりですが、一応自己紹介させて頂ければと存じます。

私は同胞の白人男性のジェレミ―と申します。シアトルの上層中流階級の家で生まれ育ちました。私の性格を端的に言えば、ひねくれ者で、ダメなひと、となるでしょうか。だからといって、プロテスタンティズムの倫理にも囚われているので、なかなか堕落することもできません(できたらいいのに)。つまり、どうしようもない存在です。

さて、私は現在日本在住で、美術批評家を目指してはおりますが、具体的にどうしたらいいものか迷っています。フェノロサ様であれば、私が今感じている停滞感を理解してくれるかもしれないと期待して、この手紙を書くことにしました。まずは、アメリカ人同士なのに、なぜ日本語で書くことにしたかという点について、説明しなければなりませんね。理由は何よりも、フェノロサ様はもう日本語を流暢に話しているに違いないからです。あの世で日本語を学ぶ時間が山ほどあるはずだから。もう、俳句や短歌などに精通しているでしょう。それとも、難しすぎて、やめてしまいましたか? べつにいいですよ。その気持ちもわかります。とにかく、私は日本に住んでいますので、郷に入れば郷に従え、ということで、日本語で書くことにしました。この手紙の言葉をまったく理解できなくてもいいですよ。何なら、フェノロサ様が「美術」の「自律」を壊しかねない書画における文字を無視したように、この手紙の字も無視して頂いても構いません。

あなたと私は面識がありませんが、私たちの関係は難しいですね(こちらからの一方的な印象で恐縮ですが)。なんというか、私はある種の「フェノロサ・コンプレックス」を持っています。言い換えれば、フェノロサ様の偉大な存在と態度が自分の中にも埋まっていることを十分に認識しています。鏡を見ると、あなたを見てしまうこともありますよ。あなたのせいで、白人のアメリカ人男性である私が日本の美術を正しく評価することは不可能に近いですよ。なぜかというと、私たちはフェノロサ神話をずっと引きずりながら、思考せざるを得ないからです。ご自分の功績をまだ覚えていますか。忘却してしまわないように、以下、要約しておきましょう。

あなたは工部美術学校教授のフォンタネージ氏が帰国した1878年に来日されましたね。当時は、東京大学の教授になって、ハーバート・スペンサーやヘーゲルなどの進化論を教えました。そして、その後、龍池会と関わりながら「美術真説」を発表しました。あなたは「美術家」は自律的に「妙」(理念)をもって作品を作る存在であると位置づけましたね。そのうえ、「美術」という「普遍的」な存在は「作る」行為によってしか達成されないと主張しましたね。とにかく、影響力を持つようになってから、鑑画会を作ることを通して、いわゆる和洋折衷の新派の「日本画」を奨励するように尽力しました。日本の伝統を西洋化の波からしっかり守ってくれたとあなたを庇護する人もいますが、実際はそれより複雑だったのでしょう。フェノロサの「美術」の「普遍性」への憧れに関して、北澤憲昭の『眼の神殿』から引用しましょう。

「わが『美術』は、文明開化とともに、西洋から出来合いの概念としてもたらされたのである。現在では、それが無い状態が想像しにくいほどに当たり前の存在になってしまっている美術は、永遠に普遍的な存在なのではなく―たとえば魔術や呪術の例に見られるごとく—歴史の流れに浮沈し、生き死にする存在なのだ。(中略)西洋的な『美術』や日本的な『美術』があるのではない。『美術』というものじたい、元来、西洋の文化コンテキストにおいて築かれたひとつの制度であり、それを普遍的な存在と考えることが、そもそも西洋中心主義な発想なのだ。241-242」

つまり、あなたの「普遍的」な「美術」への熱意は砂上の楼閣だったわけです。いつかこの「概念」は死んでしまうかもしれません。次に何が来るのかは誰もわかりません。今となっては、西洋人同士でそれを語り合う意味はないでしょう。フェノロサ様も亡くなっているし、あなたが抱いていた理想もすでに歴史という曖昧な流れのなかに入ってしまっているからです。ただ、あなたの自信過剰な態度は、依然として英語圏の批評家の中によく見られますね。言い換えれば、それは日本の美術を無根拠に解釈し、保護しようとするパターナリスティックな態度です。つまり、日本の美術を、自分のものにしたいという欲望です。果たして、この態度から抜け出せますか。それとも、椹木野衣が言う「悪い場所」にとらわれるしかありませんか。

この前、とても尊敬する人から次のような話を伺いました。フェノロサ様は、お家の外では日本語で話す自信がありませんでしたが、家の中にいるときは、女中と日本語で会話をしたということです。本当かどうかわかりませんが、本当だとしたら、深い意義を持つ気がします。結局、フェノロサ様は批評家でした。美術史家や研究者と違って、批評家は妙な領域に立っていますね。批評する行為自体は、客観性を捨てて初めて成り立つものだからです。ある現象(この場合は美術)を、個人的な価値観から説明し、批判します。その上、歴史すら自分の解釈に従って勝手に変えたり、歪ませたりします。フェノロサ様、あなたはこの罪を犯しましたね。認めてください。ちゃんと責任を取ってください。でも、もしあなたが日本語をちゃんと学んで日本語で書いていたとしたら歴史は違っていたかもしれません。もちろん、これはただの絵空事だと言われるかもしれませんが、それでも私は考えざるを得ません。あなたが日本語で活動していたならもうちょっと、自分の思うことや、自分の信じることを疑えるようになっていたのではないでしょうか。つまり、日本語で自分の存在を相対化することができていたのかもしれません。自分を相対化できたとしてもなお、あなたは『美術真説』を書いていたでしょうか。それとも、美術の批評を止め、ご自分の部屋に引き籠り、壁を眺めるばかりだったでしょうか。つまり、全ては言語の問題まで還元できるかもしれません。言語の壁ほど、空しいものはないからです。言語の壁ほど、プライドを打ち砕くものはないからです。言語の壁ほど、いやなものはないからです。

とにかく、「美術」は、普遍性をもちませんね。国際主義的な妄想が終わった、この時代にこそ新しい原理が求められていますが、どう思われますか。あの世からご覧になっているでしょうが、ご提案頂けますでしょうか。

お返事お待ちしております。

ジェレミ―拝

追伸 以の文章を改めて読み返してみたら、申し訳ない気持ちになりました。なぜならば、同じ言語で話していても、違う言語で話しているように聞こえるくらい、フェノロサ様が生きていた進化論の時代と、多文化主義の成れの果てにある、全てが相対化され、脱構築され断片化された、私が生きている現代との差があまりに大きいからかもしれません。多様性にあふれる現在から振り返って、フェノロサさまを辛辣に批判するのはある種卑怯ですよね。それに、一方的に話しかけるのもなんだか空しいし。ただ、勝手に面白いと思っているから、っていうか意味がないからこそ、やめません。それにしても無名の私が、あなたのような歴史上の偉人に挑戦するなんて、下克上もいいところですね。突然ですが、ここで、最近の「Ground No Plan」展で、会田誠さんの態度を見てみたいと思います。

「私は弱いものイジメだけはしたくないです。(中略)そして浅田彰さんも岡崎乾二郎さんも強いわけですよ。こちらが攻撃したってびくともせず、逆にぶつかったこちらが粉々に大破する。(中略)これは私の十八番の「自爆ネタ」ですから。ちゃんと自爆させてもらえず、なまじ相手にダメージを与えちゃったりしたら、芸として失敗ですから」。[1]

会田さんは2007年の森美術館での個展で岡崎乾二郎のスタイルをパロディーした作品を展示しました。さらに2018年の個展では、ヨーゼフ・ボイスもパロディーしています。美術界の神話的な存在をネタにしてしまう会田さんの下剋上的な感覚に、私は共感しています。もちろん、会田さんの下の世代の美術家たちもまた彼の転覆を図っているわけですが。とにかく、私にとって、フェノロサ様は神話的な存在だからこそ(無)根拠に批判できるわけです。そして、「フェノロサ神話」に対して自爆する所在であります。ただ、あなたが今日の日本のアートを理解するのをお手伝いしたいので、未熟ながら自分なりの、現代アート批評を書いてみたいと思います。「英雄たち」に関してはもうすでに十分語られているので、ここでは、未だに十分に理論化されていない美術家たちに注目します。

言うまでもなく、私は研究者でもなく、美術史家でもなく、美術家でもなく、ただの批評家志望です。もともとは英語で、日本の美術を海外に紹介しようと思っていましたが、世界の標準語及び権力の言語で書くことの空しさをだんだん感じてきて、日本の美術批評のコミュニティに直接参加したくなってきました。たとえば、椹木野衣のような文学としても読める批評を書きたいと思うようになりました。ここで近代的批評の成立に携わったロマン主義者のシュレーゲルの思想が思い浮かびます。シュレーゲルによると、「批評とは芸術にとって外的なものではなく、むしろ芸術を構成する不可欠の要素であり、芸術それ自体にほかならない」ということですが[2]、これは基本的に私の考え方に一致しています。美術は結局、自分との会話において初めて意味を持つがゆえに、自分を通さずには、「美術」を語り得ないわけです。つまり、自分との対話から美術批評が生まれるのです。なので、現代批評で蔓延っている小難しいポスト構造主義やマルクス主義の理論(他の批評家はこういう言葉をよく使いますね)を避けて、作品と自分との関係性を中心、ある種の「芸術」を語っていきたいです。「巨額の金がアートマーケットに注がれる時代に、批評の影響力が極端に衰えていること」[3]は否定しがたいですが、それでも、現代美術批評の可能性を探っていきたいです。

 

[1] Pg. 35 カリコリせんとや生まれけむ

[2] Pg. 165西洋美学史

[3] Pg. 64現代アートとは何か 

Artists Stage a Contemporary Art “Black Market” in Tokyo (Published on Hyperallergic)

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Ghosts of the Avant-Garde (Published on Tokyo Art Beat)

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